M&Aにおける売却相場は業種や事業規模によって大きく異なり、金額の目安を一概に表すことはできません。
法人や事業価値を一定の方法で計算し、計算結果を目安としつつ交渉によって売却価格を決めるのが一般的です。
一口にM&Aといっても様々な手法があり、実施するM&A手法によって売却の流れに違いがあります。
M&Aを成功させるには、売却相場だけでなくM&Aそのものに対する理解が必要です。
今回は医療法人・クリニックの売却について、売却の流れや相場、M&Aによって発生する税金等を詳しく解説します。
医療法人のM&Aについては以下の記事でも解説しているので、ぜひこちらもご覧ください。
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CONTENTS
医療法人・クリニック M&A手法別の売却の流れ
医療法人・クリニックのM&Aの大まかな流れは以下の通りです。
- 1.M&Aの目的を明確化
- 2.承継先(売却先)の候補を選定
- 3.トップ面談を実施
- 4.基本合意
- 5.デューデリジェンス(買い手側による売り手側企業の調査)
- 6.条件交渉
- 7.条件の確定、最終契約の締結
- 8.M&A実行(クロージング)
- 行政手続きのほか、医療法人の場合は社員や理事による承認決議が必要です。
細かな流れや必要な手続きは、実施するM&A手法によって異なります。
また同じ医療系でも、個人が運営するクリニックと医療法人では実施できる方法に違いがある点にも注意が必要です。
この章では医療法人やクリニックを売却する流れについて、M&A手法別に解説します。
※M&Aでは買い手・売り手それぞれ異なる手続きが必要な場面がありますが、今回は売り手側の流れを重点的に解説します。
事業譲渡
事業譲渡は、事業を構成する権利義務の一部または全部を譲渡する手法です。
事業譲渡は持分あり医療法人・持分なし医療法人・個人クリニックのすべてで実施できます。
ただし大規模な法人が事業譲渡をするのは手間がかかるため、個人クリニックまたは小規模な医療法人でのみ行われています。
事業譲渡の場合は基本合意や条件交渉の段階で、承継対象となる権利義務について決める必要があります。
また、権利義務の移転手続きは一つひとつ行うため、他のM&A手法に比べて必要な手続きが多くなりやすい傾向です。
居抜き
居抜きとは、営業に使用している物件をそのままの状態で引き継ぐことです。売却対象となるのは有形資産のみとなります。
個人クリニックでのみ実施できる手法であり、クリニックの移転や廃業に際して多く用いられます。
事業の買い手が見つからない・事業の承継は特に望んでいない等の場合に適しています。
持分譲渡
持分譲渡は、医療法人のうち持分あり医療法人で実施できる手法です。
持分は株式会社における株式にあたり、持分の譲渡によって議決権の譲渡も行われます。
ただし、出資持分そのものには経営権が伴わないため、出資持分の譲渡だけではM&Aは成立しません。
M&Aが目的の場合は持分譲渡とあわせて社員や理事の交代も必要です。
社員交代や役員交代では、退職する役員等(売り手側の元役員等)に対して持分の払い戻しや退職金の支払いを行います。
法人の役員が変わるため、M&A終了後に定款の変更が必要です。
基金譲渡
基金譲渡は、基金の譲渡によって基金拠出者を交代する方法です。持分なし医療法人で行われます。
前項で紹介した持分譲渡と同じく、基金譲渡だけではM&Aは成立しません。
M&Aを目的とする場合は、基金譲渡と同時に社員や理事の交代、およびそれらに伴う定款の変更が必要です。
合併
合併とは、2つ以上の法人を1つの法人に統合するM&A手法です。
医療法人のみで実施できる方法であり、合併の後は売り手側法人の法人格は消滅します。
合併には吸収合併と新設合併の2種類があります。
- 吸収合併
- 買い手となる既存法人に消滅する法人(売り手側の法人)のすべてを承継する方法です。
- 医療法人の合併では吸収合併の方が一般的です。
- 新設合併
- 新たに法人を設立し、新設法人に承継対象の法人をすべて引き継がせる方法です。
医療法人の合併を行うには、都道府県医療審議会による審議を受ける必要があります。
合併が認められ認可書が交付された後、債権者への催告をした上で登記手続きという流れになります。
分割
分割は、売り手側法人の事業の一部を売却する手法です。
事業譲渡との大きな違いとして、事業に関する権利義務が包括的に承継される点が挙げられます。
権利義務一つひとつにおいて移転手続きをする必要はありません。
分割は持分なし医療法人のみで実施できる手法です。
医療法施行規則第35条において、持分あり医療法人や社会医療法人・特定医療法人として指定を受けた医療法人は分割できない旨が定められています。
医療法人・クリニックの売却相場
法人や事業価値の基本的な考え方は、時価純資産(資産-負債)+直近の営業利益3~5年分です。
時価純資産と営業利益を用いて売却価格を計算する方法を時価純資産価格法といいます。
計算式がシンプルでわかりやすいため、売却価格の目安を求める時に多く使われる方法です。
例えば売却対象のクリニックの時価純資産が5,000万円、営業利益2,000万円の場合、売却価格の目安は以下のようになります。
5,000万円+2,000万円×3年~5年=1億1,000万円~1億5,000万円
計算によって求めた法人や事業価値を目安に、交渉によって実際の売却価格を決めていきます。
医療法人・クリニックのM&Aでかかる税金
医療法人・クリニックのM&Aでかかる税金について、M&A手法別に解説します。
事業譲渡の場合
事業譲渡により売り手側にかかる税金は以下の通りです。
個人クリニックの場合
譲渡によって発生した利益に所得税および住民税がかかります。
譲渡する資産によって所得区分が以下のように異なる点に注意が必要です。
- ・土地建物:譲渡所得 ※分離課税
- ・営業権:譲渡所得 ※総合課税
- ・棚卸資産:事業所得
- ・減価償却資産:事業所得
- ・その他の資産:譲渡所得 ※総合課税
医療法人の場合
事業譲渡による利益に対して法人税等がかかります。
持分譲渡の場合
譲渡益に対して所得税および住民税がかかります。
持分譲渡による譲渡益は分離課税であり、他の所得と分けて計算する必要があります。
税率は所得税および復興特別所得税が15.315%、住民税が5%、合計で20.315%です。
社員や役員交代の場合
社員や役員交代の場合、配当所得と退職所得に対して所得税および住民税が発生します。
配当所得に該当するのは持分の払い戻しによる所得です。所得税の税率は20.42%となります。
退職所得に対する所得税の計算方法は以下の記事をご覧ください。
吸収合併の場合
吸収合併の場合は、資産の時価と簿価の差額に対して法人税等がかかります。
ただし適格合併要件を満たせば簿価で移転したものとみなされます。この場合、法人税等が非課税となる仕組みです。
なお適格要件を満たさない合併で、売り手側法人の役員等に対して持分に応じた対価が支払われた場合は所得税および住民税が課されます。
対価の一部は配当所得、残りの部分は譲渡所得とみなされます。
税額の計算方法は複雑なため、詳しくは税理士にご相談ください。
吸収分割の場合
吸収分割の場合、移転した資産の時価と簿価の差額に対して法人税等が課されます。
ただし以下の要件をすべて満たした場合は非課税です。
- ・対価の発生していない分割である
- ・分割対象となった事業の継続が見込まれる
- ・分割後も従業員の大半の継続雇用が見込まれる
- ・分割元と承継先の事業に関連性がある
- ・事業規模の差が大きくない、もしくは分割後に役員が引き継がれる
- ・分割対象となる事業の主要な資産負債が引き継がれる
まとめ
医療法人やクリニックの売却価格の目安は、時価純資産(資産-負債)+直近の営業利益3~5年分です。
売却価格の目安を参考にしつつ、交渉によって具体的な売却価格を決めていきます。
医療法人やクリニックでは選べるM&A手法に違いがあります。
M&A手法によって承継対象や進め方等が異なるため、M&Aの目的や条件に合わせて適した方法を選ぶことが大切です。
M&A手法によって発生する税金や所得区分も異なります。
M&Aにおける税金の計算はルールが複雑であり、専門知識が求められる部分も多く存在します。
確定申告や納税を適切に行うため、専門家である税理士に相談するのが安心です。
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記事監修
BIZARQ株式会社代表公認会計士