個人経営のクリニックを医療法人化すると、どのようなメリットがあるのでしょう。
おそらく多くの人が一番に思い付くのは節税だと思います。
しかし、医療法人化には他にも様々なメリットとデメリットが伴うため、それらをきちんと理解した上で自身のクリニックの状況を鑑みながら法人化するかどうかを慎重に検討する必要があります。
安易な判断をして後で後悔してしまうことのないように、メリットとデメリットをしっかり把握しておきましょう。
医療法人におすすめの節税対策はこちらの記事でご紹介しています。併せてご覧ください。
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CONTENTS
医療法人化のメリット
医療法人化すると、以下のような節税効果があります。
・法人税率への切替
・給与所得控除を受けられる
・所得分散による節税
・退職金が支給できる
・生命保険を利用した節税
・法人名義変更によって経費計上できる
・源泉所得税がなくなる
・持分なし医療法人の場合、相続税がかからない
・社会的信用の向上
・事業展開しやすくなる
・事業承継対策になる
・地域医療へ安定的に貢献できる
・借金の名義を医療法人に変更し個人のリスクを減らす
それぞれ具体的に解説していきます。
法人税率への切替
個人医院の場合、事業所得は全て院長個人の所得となります。
所得税は超過累進課税方式で所得が増えるほど負担額は大きくなっていき、所得税と住民税を併せると最高税率は約50%にもなります。
医療法人の場合、所得は医療法人と個人に分かれます。
医療法人の所得には法人税が課せられますが、法人税率は30%程度でほぼ一定の上、個人の所得税の最高税率より低く設定されています。
そのため、法人化して院長の報酬を低く設定し残ったお金を医療法人の所得とすれば、個人の所得税を抑えながら節税が可能となります。
収入が多い医院ほど法人化によって高い節税効果が得られる反面、年間の社会保険診療報酬が5,000万円以下の医院は逆に税負担が増える可能性があるため注意が必要です。
給与所得控除を受けられる
給与所得控除とは
会社員など給与所得者の税金を計算する際、事業所得者の経費の代わりに給与から差し引く金額のことです。
具体的には、生命保険料や配偶者控除などです。
こうした一律の基準を設けて給与収入に応じた額を差し引くことで、個別に経費を計算する手間を省き、尚且つ事業所得者との公平性を保つことができます。
収入が高い人ほど控除額の割合が少なくなるため、多くの税を負担する仕組みとなっています。
給与所得控除は最大195万円です。
所得分散による節税
所得税は所得が多いほど課税額が大きくなるため、給与を理事長一人に集中させると個人の納税額が大きくなってしまいます。
家族を理事長や理事など役員に就任させて報酬を分散させるとより多くの控除を受けられるため、収入は同額でも課税額を抑えることができます。
退職金が支給できる
個人医院の場合、退職金を支給することはできません。
医療法人の場合、院長やその家族が医療法人から退職金を受け取ることが可能で、支給された退職金が適正額の範囲であれば全額損金処理することができます。
受け取った個人にも退職所得控除が適用され、更に課税対象となるのは控除後の金額の1/2のみという優遇制度があるため、通常の役員報酬として支給するより大幅な節税となります。
損金と経費の違い
「損金」とは、法人税法上の概念で、原価、費用、損失が含まれます。
「経費」とは、所得税法上の概念で、個人事業主が確定申告で事業に使った費用として計上するものを指します。
生命保険を利用した節税
個人事業の場合、生命保険料が最大12万円控除されますが、支払った保険料を経費とすることはできません。
医療法人の場合、保険料の全額又は一部を経費としながら退職金の積立てが可能となります。
この生命保険を利用した節税を行いつつ退職金として受け取れば、支払い額以上の額を得ることも可能となります。
返戻金として受け取ると雑収入として計上されるため、赤字のタイミングで掛け金を取り崩して補填に使うといった活用方法もあります。
法人名義変更によって経費計上できる
車両も経費として計上できます。
個人事業の場合、所有する車両はプライベートに使用する可能性があるため全額経費として認められることは殆どありません。
医療法人の場合、あくまで法人であるためプライベートという概念がありません。そのため、自己所有の車両であっても法人名義に変更すれば、100%経費にすることができます。
源泉所得税がなくなる
個人医院の場合、社会保険診療報酬は所得税が源泉徴収されます。
医療法人の場合、源泉徴収されないためその分資金繰りが良くなります。
持分なし医療法人の場合、相続税がかからない
平成19年4月1日の医療法改正後に設立された持分なし医療法人の場合、解散時の財産は国・地方自治体・その他の医療法人に帰属します。
出資者の相続財産からは除外されるため、相続税がかかりません。
ただし、医療法改正前に設立された持分あり医療法人の場合は、巨額の相続税がかかり、むしろデメリットとなる場合があります。
詳しくは後述の、デメリット4「 持分あり医療法人の場合、解散時のみなし配当所得課税が課される」の項を参照。
節税以外のメリットには、以下のものが挙げられます。
社会的信用の向上
医療法人は非常に厳正な審査を経て認可を受けており、設立後も適正な財務管理を求められるため、個人医院と比較してより社会的信用が高まります。
金融機関への対外的信用も向上し、資金調達しやすくなります。
個人医院の場合、融資を受ける際には院長の他にもう一人保証人が必要ですが、医療法人の場合、契約の主体が医療法人なので保証人を理事長にして実質一人で借入することができます。
また、採用に関しても、「医療法人○○会」といった名称を掲げることで、優秀な人材が集まりやすいなどのメリットがあります。
事業展開しやすくなる
個人事業主の場合、院長一人につき診療所一つしか経営することができません。
医療法人の場合、分院、介護事業施設、リハビリテーション施設、メディカルフィットネス施設など、付帯業務含めて様々な事業展開をすることが可能です。
事業承継対策になる
個人医院の場合、クリニックの承継には相続税がかかります。
持分なし医療法人の場合、理事長を変更するだけで事業承継が完了し、相続税もかからないため、子どもに継がせるのが容易となります。
地域医療へ安定的に貢献できる
借金の名義を医療法人に変更し個人のリスクを減らす
医療法人化のデメリット
財務面のデメリットとして、以下のものが挙げられます。
・社会保険加入義務が生じる
・資金自由度が低くなり、個人の可処分所得が減少する
・内部留保を処分できない
・持分あり医療法人の場合、解散時のみなし配当所得課税が課される
・持分なし医療法人の場合、解散時の残余財産が国へ帰属する
・交際費の一部が経費にならない
・小規模企業共済を解約しなければならない
・運営管理の煩雑化
・簡単に解散できない
それぞれ具体的に解説していきます。
社会保険加入義務が生じる
個人医院の場合、社会保険(健康保険・厚生年金)は任意加入です。
医療法人になると、従業員数に関わらず社会保険に強制加入しなければなりません。
保険料は事業主と従業員で労使折半となるため、事業主と従業員双方に金銭的負担が生じます。
資金自由度が低くなり、個人の可処分所得が減少する
個人医院の場合、収益から費用を引いた差額が所得となり、税金負担後の残金は個人の財産として自由に使うことができます。
医療法人の場合、理事長であっても役員報酬として支払われる給与以外のお金を自由に使うことはできません。
医療法人と理事長は別人格として明確に切り分けられているからです。
このため、理事長個人が自由に使える所得は個人経営と比較して減少します。
内部留保を処分できない
個人医院の場合、獲得した利益の配当が可能です。
医療法人では、余剰金の分配が禁止されています。(「医療法人とは何か?」参照)
獲得した利益は配当や賞与の形で処分することができず、内部留保として医療法人内に蓄積されます。
これによって出資持分の評価額が拠出時の何倍も大きくなり、医療法人の出資金という換金性の低い形で相続財産が膨らんでしまいます。
内部留保とは?
最終利益の中で、社内に蓄えられる(=留保される)部分を指します。利益剰余金と同義です。
持分あり医療法人の場合、解散時のみなし配当所得課税が課される
持分あり医療法人は経過措置医療法人に位置付けられ、解散時の残余財産の帰属先についても変更されていないため、残余財産を出資額に対して出資者へ分配することが可能です。
そのため、内部留保が多くなり個人への分配額が医療法人の資本金の額を上回る場合は、利益の配当又は剰余金の配当とみなされ、配当所得として超過累進税率が適用され所得税が課税されます。
しかし、役員報酬や役員退職金の支給額を調整し、解散時に医療法人の内部に残余財産が残らないようにすることで、みなし配当所得を少なくすることは可能です。
持分なし医療法人の場合、解散時の残余財産が国へ帰属する
持分のない医療法人は、解散時の残余財産が国や地方公共団体等に帰属するため、出資割合に応じた返還請求をすることはできません。
役員報酬や役員退職金の支給額を調整し、解散時に医療法人の内部に残余財産が残らないようにすればこのデメリットは回避できますが、個人事業主と異なり私的財産の請求や継承ができない点は、後継ぎがいないクリニックにとっては大きなデメリットです。
交際費の一部が経費にならない
個人医院の場合、事業に直接関係する交際費であれば金額の制限なく全額経費として認められます。
医療法人の場合、交際費として損金算入可能な金額に上限があります。
出資金が1億円以下であれば、法人損金限度額は800万円です。
800万円までの交際費は全額損金になりますが、800万円を超過した分については損金になりません。
<持分なし医療法人の場合>
出資金が0円として扱われるため、税法上の出資金を以下の算定式で計算します。
(期末総資産簿価-期末総負債簿価-当期利益(または+当期欠損金))×60%
この計算式に当てはめて税法上の出資金が1億円を超過した場合、交際費は原則全額損金不算入になります。
つまり、持分なし医療法人において内部留保が多くなると経費で落とせる交際費が大幅に減少する可能性があるため注意が必要です。
小規模企業共済を解約しなければならない
医療法人の役員は、小規模企業共済や年金基金の加入資格がありません。
医療法人では厚生年金に強制加入となるため、個人で掛けていた小規模企業共済や年金基金、経営セーフティ共済は解約しなければなりません。
運営面のデメリットには以下があります。
運営管理の煩雑化
医療法人化すると、下記のような対応が必要です。
法人設立手続き
設立時の届出や定款変更の許認可など、非常に煩雑な手続きが必要です。
都道府県知事への報告
設立後も事業報告書などの必要書類を都道府県知事へ定期的に提出しなければならないため、管理業務の負担が増えます。
書類作成などの雑務
事業報告書、総資産の変更登記、変更登記にかかる官庁への届出、社員総会の議事録など、書類作成の手間が増えます。
社員総会や理事会の開催
医療法人になると、決算期ごとに決算の承認のため社員総会や理事会を開かなければならず、運用管理の負担が増えます。
簡単に解散できない
医療法人も他の営利法人のように解散することはできますが、法人設立時と同様に、都道府県の認可が必要です。
また、地域医療の担い手という観点から事業の永続性が求められるため、医療法第55条に定められている事由以外で解散は認められておらず、理事長が引退したい場合には、継承者かM&A(売却)先を探さなくてはいけません。
更に、解散認可申請の仮申請受付時期は限られているため、事前審査や本申請を経て認可が下りるまでに半年ほどかかります。
一度医療法人成りすると個人事業主に戻るのは難しいと言われているのは、このような理由からです。
まとめ
このように、医療法人は節税対策になり事業承継を簡素化できるというメリットがある一方で、様々な制約や運用上の負担が発生するというデメリットもあることが分かりました。
個人医院の所得税が高額になった方にとって、医療法人化は確かに有効な選択肢であると言えます。
節税をきっかけに法人化を検討するのはいいですが、医療法人は地域医療の中核を担うという社会的責任を負っていることも十分認識した上で、長期的な視点で決断する必要があります。
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記事監修
BIZARQ合同会社代表公認会計士